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結局ギアレスでいくのか…、メガロボクス11話感想

最終更新
2018-06-16(土) 22:15:38
筆者
boyakin
メガロボクス
ROUND11
“A DEADMARCH”
脚本
真辺克彦
絵コンテ
佐藤雄三
演出
土屋康郎
作画監督
石川晋吾
総作画監督
石川晋吾

感想

結局ギアレスジョーで進むのかっていう感じで、正直に言ってかなりガックリきてる…。
ギアレスのジョーがトップクラスに強いってなると、他の連中は何なのって話にマジでなってくる。

ギアより中身が肝心ってのはある程度分かるけど、11話の演出に至ってはギアがもはや足手まとい扱いになってきていて、なんだかなあって。
見るからに圧倒的な階級差を覆されたバロウズにしても、ギアが無ければまた話が違ってただろうし…。
結局ギア見てくれだけのハリボテ状態な印象。

流石にギアの存在意義がわからなくなってくる。
その上しょうもないギアのためにサチオの親父は死んで、デカイ企業は社運をかけて開発に挑んでる。
本当に意味が分からない…。
何かこう、もう少ししっくりくるアレが欲しい感じ…。

白都がギア開発に本気出してる適当に無理矢理理由を考えてみた

最初から白都はギアが突き詰めた生身に勝てないっていうのが分かってて、それを覆すためのユーリの一体型ギア開発だった可能性。
それによって、張りぼてギアを付けただけのショービジネスから本物のスポーツへの変革、みたいな狙いがある、とか。
そんなことを思いついた。

1話でメガロボクスを称して残酷なショーとか呼んでる感じのセリフあったし、作中世界でメガロボクスの評価自体が微妙な雰囲気。
作中で本物推しが熱いのもそこら辺を意識してるとか。

という感じの妄想。

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